タグ: #50代の気づき

  • 同じ空間にいるのに、見ている世界線が違う件🤭

    職場でふと感じたことがあります。

    同じ空間にいて、
    同じ時間を過ごして、
    同じ景色を見ているはずなのに…

    見ている世界線が違う😆

    例えば今日。

    隣では
    「寒い寒い」
    「インスタントの味噌汁が美味しい」
    「温まる〜」

    …と、5回はリピート。

    (たぶん、私の反応待ち🤭)

    一方の私はというと──

    「へぇ、この人はいま“温まりたい世界線”にいるんだな」

    と、なぜか俯瞰。

    そしてさらに深掘り。

    ・どうして共感が欲しいのかな
    ・誰かに聞いてほしいのかな
    ・寒さより気持ちの問題かな

    …と、勝手に心の背景まで想像😆

    これ、私のクセなんです。

    すぐ深く考える。

    良く言えば「観察力」
    悪く言えば「考えすぎ」🤭

    でも最近思うんです。

    同じ空間にいても
    見ている景色も
    感じている温度も
    求めている反応も違う。

    だから人間関係って面白い。

    そして時々、疲れる🤣

    でもこの“世界線の違い”に気づけると、

    ・巻き込まれすぎない
    ・感情を持っていかれない
    ・一歩引いて見られる

    ちょっとだけ生きやすくなる気がします。

    今日も私は、

    味噌汁で温まる世界線ではなく
    静かにお茶を飲みながら俯瞰する世界線にいました🍵🤭

    深く考えてしまうクセ。

    面倒なこともあるけれど、
    人間観察のネタには困りません😆

  • 癒されに行ったはずの日に、切なくなった話

    美顔に通っていた頃のことを、ふと思い出しました。

    施術をしてくれる方が、毎回のように
    親の介護の話をされていたんです。

    認知症で大変で…
    何度言っても分からなくて…
    もう本当にしんどくて…

    その大変さは、想像できます。
    介護がどれだけ心身を削るかも、分かる気がします。

    でも、私はその時間、
    少し癒されたくて行っていました。

    日常から離れて、
    ほっとしたくて、
    気持ちをゆるめたくて。

    だから正直、
    毎回その話を聞くのが、少ししんどかったんです。

    そして同時に、
    別の感情も湧いてきました。

    認知症でも、
    きっと感情は残っていると思うんですよね。

    言葉の意味が曖昧でも、
    声のトーンや空気は伝わる。

    もし自分が、
    誰かに介護される立場になった時、

    外で
    「あの人が大変で」
    「もう限界で」
    と話されていたら…

    やっぱり切ない。

    人は誰でも、
    いつか弱る日が来るかもしれない。

    誰かの手を借りないと
    暮らせない日が来るかもしれない。

    だからこそ、

    大変さを吐き出す場所と、
    相手は大事なんだなと感じました。

    美顔の時間は、
    外見だけじゃなく、
    心も整えに行く場所。

    だから私は、

    癒されに来ている人には
    重たい現実を背負わせない人でいたいな、と。

    そんなことを思い出した夜でした🌙

  • 鳥の囀りが聞こえる朝

    朝、鳥の囀りが聞こえると、気持ちが落ち着きます。
    特別なことは何もなくて、ただ鳥が鳴いているだけなのに、不思議です。

    若い頃は、正直ほとんど気にしていませんでした。
    聞こえてはいたけれど、耳に入っていなかったんだと思います。

    50代になってからでしょうか。
    朝の静けさの中で、鳥の声がやけに心に残るようになりました。
    「ああ、今日も始まったな」と、静かに思えるようになったというか。

    忙しさや予定より先に、自然のリズムがある。
    それに気づける朝は、ちょっとだけ贅沢です。