カテゴリー: 気になること(矛盾・違和感)

  • 50代、これって認知症?と思った話

    最近、ちょっと気になることがありました。

    「あれ?なんだっけ?」
    パッと名前が出てこなかったり、言おうとしていたことを忘れたり。

    そんなときに見てしまったんです。
    YouTubeで「50代の認知症が増えている」という内容の動画を…。

    正直、ちょっと焦りました。

    「もしかして私も?」って😆

    でも、よくよく自分の生活を振り返ってみると、思い当たることがありました。

    それが「情報の取りすぎ」です。

    美容、健康、ブログ、仕事…。
    毎日いろんなことを考えて、調べて、頭の中はフル回転。

    そりゃあ、パッと出てこないことも増えるよなぁと。

    忘れているというより、
    単純に「詰め込みすぎている状態」だったんです。

    実際に、少し情報を減らしてみたり、ぼーっとする時間を作ってみると、頭がスッキリ。

    「あ、あれこれか!」と後から思い出すことも増えました。

    今回感じたのは、

    「忘れている=認知症」ではないということ。

    特に私たち世代は、日々いろんなことを抱えて生きています。

    だからこそ、

    “ちゃんと不安に思えること”
    “気づけること”

    これ自体が、実はとても大事なんだなと感じました。

    もし今、同じように
    「これって大丈夫かな?」と思っている方がいたら、

    一度、情報を少し減らしてみるのもおすすめです。

    もしかしたらそれ、
    忘れているんじゃなくて

    「考えすぎているだけ」かもしれません😆

    最後まで読んでいただき、ありがとうございました✨

  • 我が家の備蓄の話 少しの安心のために

    最近、備蓄のことを少し考えることがあります。

    きっかけはコロナの頃でした。
    あの時、スーパーの棚から色々な物がなくなったことを覚えている方も多いと思います。

    それから私は、普段使うものを少し多めに持つようになりました。

    特別なものではなく、日常で使うものです。

    例えば

    ・トイレットペーパー
    ・醤油
    ・みりん
    ・油

    などの調味料や日用品です。

    食べ物では、サバ缶なども少し多めに置いています。

    この話をすると
    「そんなに何するの?」
    と言われることもあります。

    家族にも、いまだに言われます。

    でも私にとっては、少し備えがあると安心感があります。

    それから、私は天日塩も置いています。

    さらに、もしもの時のために
    ポータブルの蓄電池も用意しています。

    世界の情勢を見ていると、
    例えば ホルムズ海峡 のニュースなどを見ると
    「もし石油が日本に入ってこなくなったらどうなるのだろう」と考えることもあります。

    もちろん、何も起きないのが一番です。

    ただ、少し備えがあるだけで気持ちが落ち着きます。

    備蓄といっても、特別なことではなく
    普段使うものを少し多めに持っているだけです。

    これからも、無理のない範囲で
    少しずつ備えていこうと思っています。

  • 10年後はおばあちゃん?友達の一言にちょっと焦った話

    先日、友達と話していたときのことです。

    「10年後はもうおばあちゃん世代になるんだから、今のうちにいろいろやって人生を成し遂げないとね。」

    と言われました。

    そのとき、私は思いました。

    「えっ、10年後ってそんな感じになるの?」と。

    そして正直、少しだけ焦りました。

    でもよく考えてみると、私は今すでにいろいろやっています。

    ブログを書いたり。
    美容を楽しんだり。
    ヘナでセルフ白髪染めをしたり。

    最近はなんと、AIまで使いながらブログを書いています。

    少し前まで、こんなことになるとは思っていませんでした。

    スマホも、AIも、家にいながら世界につながる時代。

    考えてみると、すごい世の中に生きているなと思います。

    そう思うと、「人生を成し遂げる」って何だろう?と考えました。

    何か大きなことを達成することなのか。
    それとも、好きなことを楽しみながら生きることなのか。

    私の場合はたぶん後者です。

    美容を楽しんで、ブログを書いて、日常の小さな出来事にクスッとする。

    そんな「クセツヨらいふ」を続けていくことが、私にとっての人生なのかもしれません。

    気づけばブログも90記事を超えていました。

    これも立派な積み重ねです。

    10年後の私がこのブログを読み返して、

    「なかなか楽しそうに生きてるじゃない」

    と思えたら、それで十分なのかもしれません。

    今日もそんな気持ちでブログを書いています。

  • 雨を嫌なものと決めつけない ー50代が考える情緒と心の余白ー

    職場の人が言っていました。

    「雨が降りそうで嫌ですね」

    たしかに、洗濯物は乾きません。
    通勤も少し面倒になります。

    でも私は、ふと思いました。

    乾燥しているこの空気を、
    待っている人もいるのではないかと。

    雨は、ただの現象。

    それを「嫌なもの」と決めるのは、
    いつも人の側です。

    昔の人は、
    不便さの中にも風情を見つけていました。

    一つの出来事に、
    一つの意味しか与えないのは、少し窮屈です。

    雨は

    困る人もいる。
    助かる人もいる。
    ほっとする人もいる。

    私は、嫌なものと決めつけないでいたい。

    マウントも。
    愚痴も。
    そして雨も。

    すぐにラベルを貼らず、
    少しだけ余白を残す。

    その余白が、
    情緒なのだと思います。

  • 年齢は止められない。でも表情は選べる

    友達に会った時のこと。

    何度も何度も
    「歳をとりたくないなぁ…」とつぶやいていました。

    その気持ち、分からなくはないです。
    私だって、できることなら若いままでいたい。

    シワも、たるみも、体力の変化も、
    正直うれしいものではありませんよね。

    でもふと、思ったんです。

    歳を重ねることって、
    本当に“マイナス”だけなのかなと。

    毎日、心臓が鼓動して、
    呼吸ができて、
    見たい景色を見られて、
    こうして元気に生きている。

    それって当たり前のようで、
    本当はすごくありがたいことだなと感じました。

    年齢を重ねても、
    変わらず活躍されている方を見ると、
    希望ももらえます。

    例えば、
    伊藤蘭さんや、
    松任谷由実さん。

    70歳を超えてもなお、
    自分らしく輝き続けている姿は本当に素敵で、
    「歳をとるのも悪くないかも」と思わせてくれます。

    そしてもうひとつ、
    今日あらためて感じたことがあります。

    それは、
    日々の表情の大切さ

    笑う人には笑いジワができ、
    怒る人には険しいシワが刻まれる。

    どんな表情で毎日を過ごしているかは、
    年齢以上に顔に出る気がします。

    同じ歳を重ねるなら、
    不満顔より、穏やかな顔でいたい。

    鏡を見るたびに、
    「いい顔してるな」と思える自分でいたい。

    若さにしがみつくより、
    今の自分を大切にしながら、
    これからの時間をどう生きるか。

    日々を大切に、
    悔いのないように、
    やりたいことはやっていきたい。

    そんなふうに思えた一日でした。

  • 10年使った化粧品と、進化する美容の世界|50代の気づき

    昨日、反動期の話を書きましたが――
    今日はその続きです。

    10年使っていた化粧品があります。

    対面で出会い、
    安心感があり、
    肌トラブルもなく、
    ずっと当たり前に使ってきました。

    いわゆる
    「変わらない安心」

    それが魅力のブランドでした。

    後から知ったのですが、
    その化粧品は発売から40年超え。

    処方も大きくは変わっていないそうです。

    40年。

    すごいことですよね。

    長く愛され、
    大きなトラブルもなく、
    信頼され続けてきた証。

    私の肌も確かに守られてきました。

    でも――

    ラインを見直し、
    外の化粧品を見たとき、
    正直驚きました。

    美容液ひとつでも

    リポソーム
    ナノ化
    浸透カプセル
    シワ改善有効成分

    知らない言葉ばかり。

    「え?
    化粧品ってここまで進化してたの?」

    まさに浦島太郎状態(笑)

    40年前の処方が悪いのではなく、
    それは

    “守る美容”

    今の化粧品は

    “攻める美容”

    役割が違うんですね。

    そしてもうひとつ、
    見直すきっかけがありました。

    容器問題です。

    リフィルがなく、
    立派なボトルを
    使い終わるたび処分。

    空容器を捨てるたび、
    少しモヤッとしていました。

    肌のために使っているのに、
    地球には優しくない。

    この違和感も、
    外を見るきっかけに。

    今は

    リフィル対応
    環境配慮容器
    成分開示

    中身も外側も進化していました。

    10年守られてきた肌。

    だからこそ今、
    新しい技術にワクワクしています。

    美容は義務ではなく、
    楽しみへ。

    40年の安心も知り、
    進化の世界も知った今。

    これからは

    「自分に合う進化」

    を選んでいきたいと思います。

  • 癒されに行ったはずの日に、切なくなった話

    美顔に通っていた頃のことを、ふと思い出しました。

    施術をしてくれる方が、毎回のように
    親の介護の話をされていたんです。

    認知症で大変で…
    何度言っても分からなくて…
    もう本当にしんどくて…

    その大変さは、想像できます。
    介護がどれだけ心身を削るかも、分かる気がします。

    でも、私はその時間、
    少し癒されたくて行っていました。

    日常から離れて、
    ほっとしたくて、
    気持ちをゆるめたくて。

    だから正直、
    毎回その話を聞くのが、少ししんどかったんです。

    そして同時に、
    別の感情も湧いてきました。

    認知症でも、
    きっと感情は残っていると思うんですよね。

    言葉の意味が曖昧でも、
    声のトーンや空気は伝わる。

    もし自分が、
    誰かに介護される立場になった時、

    外で
    「あの人が大変で」
    「もう限界で」
    と話されていたら…

    やっぱり切ない。

    人は誰でも、
    いつか弱る日が来るかもしれない。

    誰かの手を借りないと
    暮らせない日が来るかもしれない。

    だからこそ、

    大変さを吐き出す場所と、
    相手は大事なんだなと感じました。

    美顔の時間は、
    外見だけじゃなく、
    心も整えに行く場所。

    だから私は、

    癒されに来ている人には
    重たい現実を背負わせない人でいたいな、と。

    そんなことを思い出した夜でした🌙

  • 日曜の夕方に胸が苦しくなる理由、だいたい“考えすぎ”説

    日曜の夕方。
    特に何かあったわけじゃないのに、
    仕事のことを考えると胸が苦しくなること、ありませんか。

    私はあります😆
    昨日もありました。

    ・現実はちゃんとある
    ・仕事も立て込んでいる
    ・周りの状況も気になる

    でも、よくよく考えたら
    私の責任じゃないことまで、先に背負っていました。

    ・頼まれていない仕事
    ・まだ決まっていない未来
    ・管理する立場でもないこと

    それ全部を
    「私が何とかしなきゃ」と考えていたから、
    日曜の夕方がしんどかっただけ。

    考えすぎていただけでした。
    責任感がある証拠ですね😆

    でも、
    責任があるかどうかは別の話。

    今日はお茶を飲んで、
    「それ、私の仕事じゃなかった」と
    そっと思うことにしました🍵

  • 夜のスーパーで、食べ物の向こう側を考えた

    夜のスーパーに行った。
    お魚も、お弁当も、パンも、たくさん残っていた。

    お魚を見ると、
    海に出た漁師さんのことや、
    それをさばいてパックにした人の手を、
    つい想像してしまう。

    お弁当も、パンも、
    「商品」になるまでに、
    いくつもの時間と人の手が重なっている。

    だから、
    残っているのを見ると、
    ただ「もったいない」だけじゃなくて、
    胸の奥がきゅっとなる。

    全部を救うことはできないし、
    正解があるわけでもない。
    でも、せめて自分が選んで買ったものだけは、
    無駄にしないで、
    ちゃんと味わって食べたいと思った。

    フードロスって、
    ニュースや数字で見るよりも、
    こうして目の前で見る方が、ずっとこたえる。

    誰かの手間や時間、
    そして「命」に近いものが、
    静かに並んでいる感じがして。

    何か正解があるわけじゃない。
    今日、私にできたのは
    「心配になった」という気持ちを、
    ちゃんと感じたことだけ。

    それだけでも、
    無かったことにしない夜にしたかった。

  • 季節を、味わいたいと思うようになった

    職場で、まいにち朝から「寒かったね」と言われ、その返事をすることに、
    少しうんざりするようになった。
    事実ではあるけれど、もう身体は十分に知っている。

    寒さは、言葉にしなくても伝わってくる。
    出勤したときの空気や、
    給湯室でお湯を注いだときの湯気、
    無意識にマグカップを両手で包む仕草。
    そこに、ちゃんと季節がある。

    だから最近は、
    寒いね、と確認し合うよりも、
    一口目の飲み物をゆっくり味わう方がいいと思うようになった。

    季節は、話題にするものじゃなくて、
    暮らしの中で静かに受け取るもの。
    職場にいても、そんなふうに感じられる余白を
    大事にしたいと思っている。